前回のちょっとだけカッコつけた、「夢とは欲望なのだ!」という記事。
自分をさらけ出すことが心地よく感じ、少しだけ「エッセイスト気取り」でMacを閉じた。
しかし、翌朝になれば私はいつもの制服に身を包み、巨大なハンドルの前に座る。
人生の哲学を語った男が、今日は「左折よし!後方よし!」と指差呼称している。

りんのすけ
気取るだけなら無料だな。
「すべてがネタに見える」という病
私は路線バスの運転手ですが、実は無心で走り続けるというのはなかなか難しいです。
- 家族や自分自身のちょっとした考え事
- 割り込んで来たクルマにイラっとする事
- 非常識な乗客にイラッとする事
- 新しいお店などができる何気ない景色
他にも、この景色を写真に撮りたいな…と思う時も一度や二度ではありません。
この目がシャッターでパソコンに転送されたら、どんなに素晴らしいか。
そんな商品、誰か作ってくれませんか?
話は少しそれましたが、そんな考え事をしながら日々バスを走らせています。

りんのすけ
いや、運転に集中しろよ!
そんな中でも、「ブログのネタを考える」というのは、もはや日常茶飯事です。
長い信号で止まった時や終点に着いたあと、メモを欠かすことはありません。
特に、このエッセイを書き始めてからはネタの幅が一気に広がった気がします。
なぜって?
ほんの些細なことで、こんなにも記事として書けているから。
そんな自分に少しびっくりしています。

りんのすけ
これが記事?
これがエッセイ?
マイカーが「バス停」を求めている
休日に妻と出かけることがよくありますが、バス停を見ると無意識に寄ろうとしている自分がいます。
「あ、やべっ。これマイカーだわ」
制服も着ていない、もちろん乗客なんかいない。
妻はどう思っただろうか?
無言なだけに恐ろしい…..。
これが職業病だろうか?
バスの運転席には数々の操作盤があるが、もちろんマイカーにはそんなものあろうはずはない。
なのに、無意識に操作ボタンに手を伸ばす自分がいる。
右手が、存在しない『中扉の開閉スイッチ』を探して空を切る…..。
俺のマイカーにはスライドドアなんてないのに。
身体に染みついた行動というものは、なかなか切り離すことができないのだ。
そして、私にとってそれはブログも同様だ。
正直、パソコン(Mac)にさわれないとイライラしてくる自分を自覚しているんです。
誰も読まない。
稼げない。
それでもパソコンに向き合う自分は、脳がバグっているのではないだろうか?
- スキマ時間でMac
- 仕事の前後にMac
- 休日にMac
もはやMacを開いていないと心の平穏がない。
11年稼げていないのに、体だけは「売れっ子ライター」のような反応を見せているオレ。
売れっ子どころか、11年連続で赤字(ドメイン代・サーバー代)を垂れ流している『お荷物ライター』のくせに、指先だけは締め切り前のプロのような速度で動く。
滑稽すぎて、自分でも笑うしかない。
でも、うすうす気づいていたこともあるんです。
書くこと自体は嫌いじゃないなって。

りんのすけ
まっ、誰に迷惑がかかるわけじゃないけどな。
AIナビ、私の「現在地」を教えてくれ
マイカーでバス停に停まろうとする職業病と、何でもネタにしようとするブロガー病。
どちらも「安全運転」には程遠い迷走っぷり。
本業は「安全運行」
ブログは「迷走運行」
AI様、私の脳内ナビ、再設定が必要ですかね?
それとも、このまま「バス停」でMacを開き続ければいいですか?

りんのすけ
ブログは何回事故ってもいいけど、バスとマイカーは事故るなよ。