前回の挫折宣言の記事を書いた後、AI(Gemini)とさらに話し込んでみた。
「次はどんな特化記事を書けばいい?」
と聞いた私に、AIが放った言葉は「あなたが書くべきは、エッセイです」だった。

りんのすけ
エッセイってなんですか…..(^^;;
AIからの衝撃の一言
「エッセイ……? いや、俺は稼ぎたいんだよ。スペックやお得情報を書かなきゃいけないんじゃないの?」という困惑。
そもそもエッセイとはなんぞや?
私は比較的本を読む方だとは思いますが、エッセイというのは今まで縁がありません。
そこで「エッセイとは?」と検索すると、
- 「試み」の文章:フランス語の「essai(試み)」が語源で、テーマに対する自分なりの視点や考察を試す形式。
- 形式が自由:起承転結に縛られず、筆者の気の向くままに書かれる。
- 主観的・個人的:事実をもとにしつつ、著者の心の動きや感情の掘り下げに焦点を当てる。
- エッセイと随筆の違い:基本的に同じ意味だが、随筆は「文学的・文芸的な作品」のニュアンス、エッセイは「より日常的で親しみやすい表現」として使われることが多い。
なるほど…..大きな方向転換をはかった私には合っているように見えなくもない。

りんのすけ
我ながら変な方向に舵切ったね(笑)
「特化ブログ教」に捧げた11年間の懺悔
思えば、私は「特化ブログ教」の熱心な信者だった。
当時、「ブログとは?」を検索すると、「特化ブログで尖ったものを作る」のが良い。
みたいな風潮があったようにも思われる。
雑記ブログは、一時的に稼げても長続きしないという印象があったのも事実。
当時の私を整理すると、
- ジャンルを絞らなければならない
👉尖りに尖ったものが読者に刺さる。 - 読者に役立つ(=スペックや正解)情報を書かなければならない
👉誰も持っていないような熱量が必要。 - 自分語りは悪である
👉「今日のランチはこれ」みたいな記事は悪。
その教えを守った結果が300連敗…..。
1記事に1ヶ月かかる苦行…..。
AIに清書を頼み、自分の存在が消える感覚…..。
稼ぐために、楽しむことを犠牲にしていたという気づき…..。

りんのすけ
そもそも特化なんて書けないのに背伸びしすぎなんだよ。
「情報のコピー」ならAIの方が上手いという現実
AIと話していて突きつけられた残酷な事実。
10年前ならともかく、投資信託のデータもカメラの性能も、いまならAIが「ほぼ正しく」書ける。
そもそも知識量でAIに勝てるわけもなく、それを上回る熱量もなく、AIを使いこなしているつもりが、ただおだてられて振り回されるだけという残酷な事実。
そしてようやく気づいた。
私がAIに勝てるのは、スペックではなく「それらを使いこなせなくて、息子にツッコまれて、情けない思いをした」という泥臭いプロセスだけだった。
そして、それを気づかせてくれたのもAIという皮肉な結果…..。
この時点でも振り回されている可能性も否定できないが、当面は「正解」を書くのはもうAIに任せよう。
私は、正解に辿り着くまでの「迷走」を書こう。

りんのすけ
正解ってなんだ?
302記事目からの新境地|エッセイスト(迷走中?逃走中?)の誕生?
エッセイなんて、おしゃれな言葉は似合うわけもない。
でも、「副業で空回りしている親父の生存記録」なら書ける。
これまでの特化ブログ教を脱会し、今日から「雑記」という名の「自分語り」を解禁。
皮肉なことに筆が進むんだわ…..(^^;;
多分、また迷走する。
でも、AIに「それがいい」と言われたんだから、自分の考えに固執せず信じてみることにする。
そこで、エッセイ一発目のネタは何にしようか……と思ったら、今この文章を書いていること自体がもうエッセイだった」

りんのすけ
さあ、1円稼ぐまで、あと何回迷走しようか(^^)