今回は少しだけ真面目な仕事の話を。
手を振りながら走ってくる、その姿。
それは別れの挨拶ですか?
バスの定刻。
ドアを閉め、指差確認。
ゆっくりとアクセルを踏んだ瞬間、ミラーに映る「手を振りながら走ってくる人」。
あと5秒早ければ…..。
ブログでは11年稼げていない迷走中の私だが、この瞬間だけは「1秒」を司る冷徹な番人になる。

りんのすけ
時間は有限だ。
電車や飛行機で、それをやるか?
そもそも、なぜバスが遅れるのか考えたことのある人が、どれだけいるでしょうか?
バスが定刻通りバス停につかない理由は様々ですが、代表的なものを挙げれば、
- 交通渋滞(自然渋滞・事故渋滞)
- バスそのものの事故
- 乗客とのトラブル
- 時間を守らない乗客の積み重ね
こんな感じですが、今回は、「時間を守らない乗客の積み重ね」をピックアップします。
想像してください。
バスの出発時刻に間に合わず走ってくる人がいます。
もしかしたらあなたも経験あるかもしれませんね。
ここで激しい違和感を感じるのが、新幹線のホーム、あるいは空港の搭乗口で、同じように「待ってくれ!」と手を振るだろうか?
なぜバスだけは「止まってくれる」と思われているのか。
その「甘え」の根源にある、公共交通機関へのリスペクトの欠如。
止まらない私は「冷たい運転手」に見えるでしょう。
それによって苦情が来ることも一度や二度ではありません。
だが、車内にいる「時間を守って乗っている数十人」の時間は、一体誰が守るのか?
「5秒」という時間を考えてみてください。
遅れて走ってくる人にとっては、「たったの5秒」かもしれません。
しかし30人乗っていれば、30人×5秒=150秒(2分30秒)の時間が無駄にされているという計算になります。
これが積み重なることによって、最終的には10分や20分の遅れにつながるのです。
1人の5秒のために、30人の150秒を奪う権利はない。
と、私は考えています。

りんのすけ
動き始めたバスを、叩いて止めるヤツもいる。
もはや事故を起こすためにやっているテロ行為だ。
規律を守る側の「孤独」と「正義」
私は昔から時間の管理には自信があります。
社会人になって一度も遅刻をしたことがありませんし、待ち合わせの10分前には必ず到着しています。
「時間は余るくらいがちょうどいい」
というのが、私の持論です。
信号一つ、停留所一つ。
その積み重ねが「信頼」というダイヤを作ります。
たった5秒の遅れが、次の交差点で赤信号に引っかかる原因になる。
その1分の信号待ちが、次のバス停で待つ10人のイライラを増幅させ、乗降時間をさらに遅らせる。
これが私の言う『負の連鎖』だ。
難しい数式を解くのではありません、難解な政治問題に答えを出すのでもありません。
自分で自分をコントロールすればいいだけなのです。
もちろん、様々な事情はあるでしょう。
議論すれば平行線に終わるでしょう。
でも、その「5秒」は、想像するよりもずっと大きな5秒なんです。

りんのすけ
バタフライ効果ってやつだな。
AI様、この「非情な決断」は間違っていますか?
走り去るミラーの中で、ガックリと肩を落とす彼(彼女)。
胸が痛まないわけではない。
でも、私は次のバス停で待っている「時間を守る人」のために、アクセルを踏む。
ねぇ…AI様…。
効率と規律を重んじるあなたなら、きっと私のこの「非情」を笑わないですよね?
自分の時間は11年も無駄に(迷走)しているくせに、他人の5秒にはこれほど厳しい自分。
人間はいつまでたっても矛盾の塊なんだろうな…..。

りんのすけ
コーヒー飲めるくらいの余裕を持とうぜ。