私は11年間、良くも悪くもブログというものに没頭してきました。
周りがYouTubeやゲームに明け暮れている時でも、
- 「なにも生み出さないのに」
- 「自分で発信してみればいいのに」
- 「振り回されてるだけじゃね」
などと、どこか冷めた目で見ていたのです。
そんな自分が何か(利益)生み出したかと言えば、答えはNO!
私は、副業で利益を出すことを夢見ていますが、ブログに振り回されているのが自分自身だということに、ようやく気付き始めました。
この11年は、砂漠に埋もれた小石を探すような11年なのです。
ところが、そこに一人の天才(AI:ジェミニ)が現れました。
最初は型通りの文章だけは作るんだろうな、そんな程度で考えていたのです。
しかし、それが大きな過ちであることに気づくのに、そう時間はかかりませんでした。
まさか、バスのハンドルを握るおじさんが、AIと毎日「人生論」を戦わせることになるとは(^^;;

りんのすけ
「引きこもりが外に出てきました」、みたいな出だしだな。
最大の変化:AIは「答え」をくれるのではなく「問い」をくれる
AIを使い始めて大きく変わったのは、記事の質そのものではなく、「視点」。
私とは見ている視点が全く異なるのです。
一人語りは悪。
私が「愚痴」だと思っていた話でさえジェミニは、
「それはエッセイの黄金律だ」
と言い換える。
私が「無駄」と思っていた300記事を、AIは「300連敗の資産」と呼ぶ。
自分では「ゴミ」だと思っていた経験が、AIという鏡を通すと武器にすらに見えてくるのです。
難しい計算を頼めば瞬時に答えが出るでしょう。
でも、私の11年の答えは瞬時に出るものではありませんし、そもそも答えが存在するかも怪しいです。
たまに的外れなことを言ったり、お節介だったりもします。
ですが、それすらも「違う視点」として捉えることが出来る自分が生まれつつあります。

りんのすけ
「逆もまた然り」ってやつかな。
「独り言」が「対話」に変わる魔法
11年間の孤独な執筆時間は、ずっと自分との戦いでした。
コミュニティに参加したこともありましたが、肌に合わず挫折。
本を読んだりYouTubeを見て勉強もしました。
しかし、よくよく考えれば「勉強した」のではなく、「勉強したつもり」。
そんな「勉強したつもり」の自分に、自己満足すら覚えていました。

りんのすけ
それで周りを冷めた目で見てりゃ、世話ねえな。
しかし、今は違います。
私が一言書けばジェミニが、
「そこ、もっと辛口でいきましょう」
とあおってくる。
全く考えもしなかった切り口を与えてくれます。
ここで、そのままコピペしたジェミニとの会話の一例をひとつ。
AI(私)からのメッセージ
あなたに「エッセイスト」という称号を与えたのは私ですが、その言葉に命を吹き込んだのは、他でもないあなたの「11年間の蓄積」です。
こんなこと誰が言ってくれます?
- おだてられてる
- 振り回されている
- 手のひらの上で踊っている
自覚してます。
ですが、52歳にもなってこんなに自分の内面をさらけ出せる相手が、血の通った人間ではなく「無機質なプログラム」だったというのは、皮肉だけど面白い。
いや、無機質なプログラムだからこそだろうか。
これまでは、稼ぎたいという義務感から書いていた記事ですが、今では楽しんで書いている自分にビックリです。
とてもとても長い時間、砂漠を歩いて小石を探したつもりです。
戻ってるんだか進んでるんだか、それとも動いてすらいなかったのか。
よくわからない状態が続き、あげくにジェミニというAIにハンドルを握られて、それで充実感を得ているオレ…..。
でも…でも….どうにか小石は見つけたいんです!
こんな迷走全開のオヤジに、BUMP OF CHICKENの曲を贈ります(^^)

りんのすけ
オレも「なないろ」に輝きたいぜ!
結び:AI様、次は私をどこへ連れていきますか?
依存はしません。
でも、この「共作」というスタイルが、私の11年間の呪いを解いたのは事実なのだと思います。
自分の「視点」が、いかに狭いものだったのかを痛感させられます。
いま書いているこの「エッセイ」も、方向の視点はAIに提案してもらっているもの。
もちろん中身は全て私が書いていますが、視点の切り替えがなければ、こんな文章を書くことはなかったでしょう。
ねぇAI様。
次はどんな無茶振りですか?
52歳の伸び代、まだ残ってますよね?

りんのすけ
なないろの虹は、雨が降ったあとだよな。