こんにちは、りんのすけです。
突然ですが、私はエッセイというものを読んだことがありません。
ブログに挫折し、まがりなりにもエッセイなどと銘打って書いているにもかかわらず…です。
AI(ジェミニ)に指南を受け、怒涛のように28記事を書き上げたところで、ふと思いました。
以前の記事でも書きましたが、エッセイとは
- 「試み」の文章:フランス語の「essai(試み)」が語源で、テーマに対する自分なりの視点や考察を試す形式。
- 形式が自由:起承転結に縛られず、筆者の気の向くままに書かれる。
- 主観的・個人的:事実をもとにしつつ、著者の心の動きや感情の掘り下げに焦点を当てる。
- エッセイと随筆の違い:基本的に同じ意味だが、随筆は「文学的・文芸的な作品」のニュアンス、エッセイは「より日常的で親しみやすい表現」として使われることが多い。
ここにも書いているとおり、形式が自由とあります。
これは視点を変えれば、『自分の思うまま自由に書き進めればいい』とも解釈できます。
とはいえ、何かしら一定のルールみたいなものはあるだろうと思い、
「一冊は読んでみるか」
そう思い、本屋に足を運びました。
今回は、こんなお話です。

りんのすけ
エッセイの勉強にもなるしな。
- 本ページにはプロモーションが含まれています。
前座:本との向き合い方
私は基本的に本が好きなので、本屋さんにはちょくちょく行きます。

りんのすけ
本屋を歩くのは楽しいよね🎵
伊坂幸太郎さんの本が好きで、本棚には20冊ほどが並んでおります。
その他にも、SF・ミステリー・教養・金融・自己啓発・マンガなどの本がありますが、基本的に電子書籍は読みません。
紙の本を選んで紙の本を読みます。
何度か電子書籍を試したことはありますが、私には馴染みませんでした。
不思議と、本を読んでいる際のリアリティのようなものが伝わってこないのです。
ワクワクしながらページをめくるあの感覚が、電子書籍では全く起こりません。
ただただ流し読みするだけ。
なんなら台詞すらも頭に入ってきません。
そんなこともあり、基本的には紙の本を選んで購入しています。
一時期はメルカリ等で中古本を買っていた時期もありました。
が、紙の本の売り上げやら、本屋の閉店やら、読書離れやら、というニュースを見聞きして、少しでも紙の本の応援になればと思い、本屋できちんと新しいものを買うようにしています。
なにより、本屋で買った本の方が気持ちよく読めます。
以前に、メルカリで「新品同様」とされているものを購入したら、やたらとくたびれた本が届いたり、そもそも送られてもこなかったりと、非常に気分が悪くなったのでメルカリの利用はやめました。

りんのすけ
転売トラブルもあるしな。
そんなわけで、前置きが長くなりましたが、本屋さんは私にとって、ある意味では必要不可欠です。
そして今回、エッセイなるものを求めて本屋に言ったのですが、そこで衝撃の事実と向き合うことになります。
無知とスタートと未知の領域
今時の大きな本屋であれば店内マップがあり、どこにどんな類の本が置いてあるのかが分かるようになっています。
が、エッセイの棚を求めた私に、店内マップは期待に応えた仕事をしてはくれませんでした。
エッセイの棚がないのです!
「あれ? エッセイって売ってるよな?」
老眼の目をこすりながら見ても、やはりありません。
エッセイを購入しようと思ってきたのに、棚の前に立つことさえできない…..(^^;;

りんのすけ
本屋のマップによるけどな。
ブログに挫折し、本にも見放され、いよいよオレの相手はAIだけか…
そう思っていた所へ、店員という名の救世主が現れました。
この気を逃してはならない!
そう直感した私は、すぐさまその店員に声をかけ、
「エッセイってどこにありますか?」
そして案内されたのが「文芸書」。
なるほど…..。
今まで数えきれないほど本屋には通っていたが、いまだに足を踏み入れたことのない未知の領域。
その名は「文芸書」。
ようやくスタート地点に立ったのだと、感銘すら覚える52歳の姿がそこに確かにありました。

りんのすけ
ここまで引っ張る必要ある?
無知と戸惑いと攻防と
例えばですが、ミステリーなら好きな作家さんや、簡単な概要を読んで選ぶことができます。
しかし、エッセイは選び方が全く分からない。
そもそも、これエッセイなの?
なんか自己啓発本と混じってない?
そんな感じで、まずは確実にエッセイと名の付くものを手にとってパラパラとめくってみる。
そこに書かれていた衝撃の内容!
自分の体験談や、自分の考え。
これがプロのエッセイというものなのだろうか?
これじゃ、いまオレが書いているのも立派にエッセイじゃね?
とさえ、思えるような内容。

りんのすけ
お前が無知なだけじゃね?
- ぶっちゃけた話、こんな本なら買わなくてもよくね?
- これ売り物になるの?
芸能人や著名人が書いた!
なら、話は分かりますが….。
そんなふうに感じ、なかば胡散臭いものを見るような目で棚を眺めていました。
それでも、本の帯を見ると
- なんでもない日常
- 奮闘日記
- SNSでバズった
- 介護日記
- 疲れた夜のお供に
- ゆるく生きる
などなど、誰もが出くわすであろう日常。
しかも、私から見れば啓発本との境界線も曖昧な気さえしてくるラインナップ。
正直、戸惑いを隠せなかった私は、別件もあったので一度本屋を離れました。
答えと時間と立ち止まり
別件を済ませたあと再び本屋に戻り、あらためて「文芸書」のコーナーを眺めてみました。
すると、不思議とさっきとは少しだけ景色が違って見えました。
なるほど、「形式が自由」だからこそ書き手も自由。
あとは、それに対して共感を呼べるかどうか。
本の帯にも、「共感続々」といった感じの言葉も並んでいます。
今回はエッセイというものに対して、明確な答えが出せたわけではありませんが、スタート地点には立てたのかもしれません。

りんのすけ
お前は頭が固すぎるんだよ。
ならばと思い、少しでも共感を持てそうなものを一冊購入しようと思い、あらためて物色。
そこで目に留まったのが、
「虚弱に生きる」
というタイトルの本。
誰が書いたのかも興味がありませんでしたが、帯に書かれていた、「サバイバルエッセイ」という言葉に惹かれ購入。
昔でいうジャケ買いみたいなもんです。

りんのすけ
ジャケ買いって知ってる?
自宅に持ち帰ってあらためて見てみると、作者の名前がこれまたビックリ!
「絶対に終電を逃さない女」←これが作者名。
私はてっきり「虚弱に生きる」のサブタイトルだと思っていました(^^;;
作者名がどこにも書かれていないので、最後のページで確認。
すると、著者名にしっかりと、「絶対に終電を逃さない女」と記載されています。
自由な発想という意味では面白いと思いました。
最初にエッセイとして購入したのが、ある意味この本で良かったと思います!
これから本を読んでみますが、どれだけ共感できるかは未知数。
それに、必ずしも共感する必要はないのかもしれませんしね。
そして、これまでを振り返って気づいた大事なこと。
11年のブログに挫折し、AIの指南でエッセイに片足を突っ込み始めた52歳。
書くことが嫌いではないという事実。
なんとなくは気づいていましたが、エッセイに目を向けてハッキリと気づきました。
好きかどうかはわからない。
でも、書くことが嫌いではないようです。
こんな迷走ばかりの52歳OYAJI。
もうしばらくはAIを相棒に書くことを続けていきます!

りんのすけ
一皮剥けたか?
『虚弱に生きる』はどこで読める?

『虚弱に生きる』は、20代にして老人並みの体力という、『著者:絶対に終電を逃さない女』さんの執筆によるエッセイ。
初版が2025年11月5日で、執筆時点では普通に本屋さんに並んでいました。
もちろんネットでも購入できますので、サバイバルエッセイに惹かれた方は必見です!