こんにちは、りんのすけです。
突然ですが、献血ってしたことありますか?
献血とは、自分の身体から血を抜き取るアレです。

りんのすけ
いや、それは分かるんじゃね?

実は私、献血を25年ほど継続していまして、回数は60回を超えています。
最初に献血を始めたきっかけは思い出せません(^^;;
人助けだとかボランティアだとか、そういった使命感的な崇高な目的があったわけではないのは確かです。
本当に些細な軽い気持ちだったはずです。
ですが、その軽い気持ちが気づけば25年近く経って、回数は60回を超えました。
この25年には身体に大きな転換点も訪れておりまして、今回はそんなお話です。
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予約時間に訪れる無言の試験会場
献血を行うという行為自体は、25年前もいまも大差はありません。
針を刺して血を抜く。
以上。
しかし、この針を刺して血を抜く以前に、重要な試験が課されるのをご存知でしょうか?
当然と言えば当然ですが、献血を行うには健康な身体が必要です。
例え健康でも、当日が不調であれば事前検査ではじかれてしまいます。
そして、その第一の関門となり、私の前に立ち塞がるのが血圧測定!
25年前に血圧の数値を意識したことなどありません。
しかし、今は針を刺す瞬間よりも、血圧計に腕を通すことのほうが何倍もの緊張感があります。
いつの頃からか血圧計の数値が気になるようになり、2年ほど前からついに血圧の薬を服用するようになってしまいました…..。
薬を飲むという行為にはかなりの抵抗がありましたし、自分でなんとかできないものかと挑戦した時期も2年ほどはあったと思います。
サバを食い、朝イチで絶望し、ストレスを溜めないようにと念じながらストレスを溜める。
運動を心がけ、ウオーキングやストレッチの雑誌を買っては資源回収へとリサイクルされる。
そんな矛盾だらけの2年間を経て、私は文明の利器(薬)に屈したのです(笑)
いや、救われたのです。
薬を飲み始めることで、血圧を意識するストレスは大きく減りました。
逆に言うと、定期的に内科を受診するきっかけができましたし、些細なことでも医師に相談することができるようになり、健康管理という点では万々歳です。
血圧計の数値が基準値を超えてしまい、何度も深呼吸しやり直す。
そんな緊張感とストレスも重なり、一時期は献血から離れていたのですが、今は比較的安心して献血ルームに足を運ぶことができています。

りんのすけ
頼ることは悪いことではない。
血圧計との攻防(緊張感のピーク)
とはいえ、やはり血圧の数値は緊張感が走ります。
一般的には、自宅よりも数値が高くなる傾向にあるとはいえ、薬を飲んでいる以上、桁違いな数値が出ても嫌ですよね(^^;;
「お願いだから、今日は正常値であってくれ」。
どんだけ緊張感のある試験だよ!
と、自分にツッコミを入れたくなります。
20代の自分と比較して、今の自分はやはり錆びついているのだな…と、実感します。
それでも、献血を拒否されたことはないので、血液自体は問題なく使われているのでしょう。
さらに、成分献血を申し込めば、
「少し濃いめにもらってもいいですか?」
職員から放たれるこの言葉!
これは、52歳の錆びついた身体が、まだ現役の『一級品』であると認められた瞬間だ。
バスの運転で褒められるより誇らしい!
これって自分自身が健康であるのだろうという認識と、誰かに必要とされるのであろう実感がダイレクトに伝わる瞬間です。
まがりなりにも25年続けてきた献血。
血液を使ってもらえるのであれば、自分自身が健康体でいなければいけないという事実と、それに追いつかなくなっている情けなさが同居する今日この頃です。

りんのすけ
意識しすぎるのは逆にストレス!
献血ルームは「自分を肯定する場所」
献血ルームを見渡せば、学生や会社員等、みなさん黙々と腕を出して協力しています。
私の見る限り献血ルームにはいつも結構な人がいますが、それでも血液は足りないのでしょう。
街頭では、「ピンチ!」の看板を掲げた職員がちょくちょく献血を呼びかけています。
なぜ献血を始めたのかも思い出せないのに、よくも25年も続けてきたと思います。

りんのすけ
嫁さんより付き合い長いな。
いつの頃からか自分の健康を測るバロメーターになり、一時は献血から遠ざかりました。
でも、献血ルームに掲示されている、「輸血を受けた人からのお礼」と題した手紙を読むと、正直、
「輸血を受ける側でなくてよかった」
というのが偽らざる本音です。
非常に乱暴で冷たい言い方になるのでしょうが、これが本音。
輸血を受けるということは、それなりの状況であるはずです。
それを考えれば、血圧の薬を飲むことや加齢でガタが来ることなどは、吹き飛んでしまうようなちっぽけな悩み。
むしろ、健康体で血液を提供できる喜びすら感じます。
この針の痛みには遠く及ばない「痛み」。
もしかしたら、巡り巡って自分の血液が自分に輸血される。
そんなこともあるかもしれませんね。
また次も、ここに座るために
献血が終了すれば、あとはコーヒーを飲みながら完全にリラックスできる時間。
献血カード(今はアプリ)に次回の献血可能日が印字され、職員から次回も「よろしくお願いします」と声がけされる52歳。
次回も来るためには、自身が健康でいなければいけない事実。
この献血カードは、自分が健康であるという証でもあるのかもしれない。

りんのすけ
事故って輸血受けるようなことするなよ。