こんにちは、りんのすけです。
今回は前回記事の続きで、具体的にどの曲のどのフレーズが私に刺さったのかをご紹介します。
まず結論から言うと以下の3曲。
- ray
- HAPPY
- リトルブレイバー
もちろん他にも多数の曲がありますが、今回はこの3曲に絞ります。
なお、最初にお断りしておきますが、これらの曲は、
『私なりの解釈』
を前提にエッセイを書いています。
ネット検索をすれば多くの考察等が出てくるかと思いますが、それらは一切考慮していませんので、ご了承ください。

りんのすけ
受け止め方はそれぞれってことで。
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オヤジに響くBUMPの「言葉」たち
当時の私は、職場に行くのが憂鬱で、その張本人である上司に対して考えることと言えば、
- あいつ事故って死なねえかな
- 病気にでもなって入院しねえかな
- さっさと異動しねえかな
こんなことばかり。
そして自分自身で考えることと言えば、
- どっかいい仕事ねえかな
- ひとりだったらすぐ辞めるけどな
- 心療内科に行ってみようかな
前向きなのか後ろ向きなのかもわかりません。
とにかく否定され続ける毎日で、倫理観などは失われ、ネガティヴな感情以外は芽生えませんでした。
と同時に、会社員であるという現実が重くのしかかってきます。
決して高い給料ではありませんが、これで家族が食べていけているという現実。
この現実が私を縛り付けるという、負のスパイラルでした。
ちなみにですが、当時の私の肩書きは「支店長代理(年収350万)」。
地方勤務で中途採用です。
本社は東京にあり、新卒で本社採用の人間が支店長になるため、私の肩書きがこれ以上上がることはない状況でした。
私自身は特段の出世欲はなく、淡々とこなせていればいいと考えていましたし、上司が年上だろうが年下だろうが、男性だろうが女性だろうが、普通の人であれば問題なかったのです。
が、そこへアスペルガー症候群のイカれた上司がやってきました。
良くも悪くも、人との出会いというのは人生の分岐点になりえます。
そして言葉というものは、時に人を殺せるほどの殺傷能力があるのだということを、私は学びました。
鋭く尖った、「言葉という名のナイフ」で全身を刺される日々。
そんな私に救いの言葉をかけてくれたのは、もちろん上司ではなく、公的機関の相談窓口でもありません。
BUMP OF CHICKENというバンドの音でした。

りんのすけ
本社にも相談はしたんだけどね…
一曲目 『ray』|比較という名の呪縛を解く
自覚はしていませんでしたが、私は同世代の人間と自分を比較していました。
氷河期世代の多くが派遣で仕事をしていたり、引きこもりになっている、などというニュースを見ては、
「自分はまともだ」
と、そうやって暗に比較していたのです。
もしかしたら、心のどこかでは見下してさえいたかもしれません。
そして怖かったんです。
今の仕事を辞めるとして、次の仕事が見つかるだろうか、この年齢で正社員なんてあるだろうか。
私が身につけている武器(資格)は、
- 第一種衛生管理者
- 運行管理者(旅客・貨物)
- 第二種大型自動車運転免許
これだけなんです。
もちろん、ないよりはマシなんでしょうけど、たいした武器にならないことも自覚していました。
しかし、比較しても意味がないことを『ray』が教えてくれたんです。
私は何度か転職を繰り返していますが、給料は別にしても、それまでの人生で幸いにも仕事に困ることはありませんでした。
そして、自分の中では「正社員=正常」で、「派遣=異常」という図式が出来上がってしまったのです。
もはや家族もいて、年齢の問題もあり、おいそれと転職できる状況ではありません。
しかし、正常か異常かは誰にも判断できませんし、それもいつまで続くのかなんて分かるはずもありません。
そう考えた時、そんなことを考えている自分が、とてもちっぽけに見えました。
そう、そんな事を考えてる暇なんてないほどに、毎日を歩くのは本当に大変なんです。
正常だの異常だのと、勝手な基準で自分を追い込んでいるタイミングではないと判断した瞬間です。

りんのすけ
正社員という名の『檻』に、自分で自分を閉じ込めていたのかも。
二曲目 『HAPPY』|「続き」を選ぶ恐怖を乗り越える
当時の私は、仕事を「辞める・辞めない」の二択で揺れていました。
もちろん、辞めるのは簡単なんです。
退職届を出せば済むこと。
でも、その紙切れ一枚には、家族を含めた今後の生活という現実が重くのしかかってきます。
おいそれと出せる紙ではないのです。
それでも私の心身は限界に近づいており、日々が苦しみでしかありませんでした。
休日にも携帯電話がなり、有給休暇も取れない、まさに社畜。
終わらせようと何度考えたかわかりません。
ですが、この『HAPPY』のフレーズを聴くたびに、続きを選ぶのも、まだありなんじゃないか。
終わらせたら取り返しがつかない。
そんな葛藤が3年間続きました。
結果論で言えば、「続きを選ぶ恐怖」には勝てなかったことになります。
でも、このHAPPYには、
というフレーズがあります。
そう、どうせ『私という人生の旅』はいつか終わるのです。
その旅を一緒に歌うのは、間違っても上司ではありません。
一緒に歌うのは、自分自身であり、家族です!
いつまでもここに縛られる必要はないと判断した瞬間です。

りんのすけ
終わらせるのは想像以上に恐怖です。
三曲目『リトルブレイバー』|自分の中の「カケラ」を信じる
私は電車通勤でしたが、電車を降りてから職場までの足取りが重かったのは、今でもハッキリ思い出せます。
途中で引き返そうと、何度考えたかわかりません。
そしてその度に、ポケットに手を突っ込んでいる自分がいました。
もちろん寒いからではありませんし、手持ち無沙汰だからでもありません。
『勇気のカケラ』を探していたんです。
当然ですが、ファンタジーではないので勇気のカケラなんて出てきません。
出てくるのはせいぜい繊維のゴミ。
でも、物理的にはゴミしか出てこなくても、精神的には『勇気のカケラ』を持って職場まで歩きました。
自分でもバカらしい行動だったと自覚しています。
「歌詞に引きずられてポケットのスミを探して何になるんだ?」
少し前の私なら、きっとバカにしたでしょう。
しかし、当時の私にはこのフレーズが必要だったのです。
お守りでもパワーストーンでもなく、私に勇気を与えてくれたのは、この『リトルブレイバー』でした。
そう、私のポケットはすでにいっぱいの状態で、本当は進むべき方向も見えていたんです。
『大事なコト』
この時の私にとって大事なものは家族でした。
それは今でも変わりがありませんし、最優先事項です。
しかし、それ以前に、自分自身が壊れてしまったら、守るべき家族を守れなくなります。
そう気づいた瞬間、「大事なコト」の視点が変わりました。
私は世界中の大多数にとって、取るに足らない存在です。
私ひとりが消えても、世界では誰も困りません。
ですが、家族にとって私という存在は唯一無二の存在。
勇気のカケラが大きくなり、確かな形を持って私のポケットに生まれた瞬間です。

りんのすけ
大事なコトは足元に転がっています。
52歳の僕が、かつての僕へ贈る言葉
結果として、いまはバスの運転手として生活をしています。
もちろん不満がないと言えばウソになりますが、、それをおぎなって余りある生活を送れているという実感が確かにあります。
BUMP OF CHICKENを聴いたから今の生活がある!
なんて事はさすがに言いません。
ただ、私に勇気を与えてくれたのは事実ですし、救われたという事実は疑いようがありません。
40歳を過ぎてBUMPに出会ったのは、人生で最も幸福な「遅刻」でした。

りんのすけ
仕事で遅刻したことは一度もないよ。