こんにちは、りんのすけです。
突然ですが、あなたは親と同居していますか?
私はこれまでの52年間の人生でたくさんの失敗をしてきました。
おそらくはあなたも同様でしょう。
そんな私ですが、不思議と後悔したことはありません。
私の中では失敗と後悔は別物なのです。
直近で言えば転職に失敗したのも、自分で選択した結果の失敗であり、後悔とはニュアンスが違います。
そんな自分が、人生で唯一、胸をかきむしるほど後悔している決断があります。
それは「親との同居」です。

りんのすけ
これだけは、選択した当時の自分を殴り倒してでも止めたい。
長男の呪縛と「孫と一緒に」という甘い言葉
なぜ同居を選択したのか?
そもそもの始まりとして、なぜ同居する道を選んでしまったのか?
これにはいくつか理由があります。
- 単純に自分の考えが浅はかだった(家を購入する必要がない等)
- 家族が傷つく痛みを想像できなかった
- 両親があんな人間だと思わなかった
- 長男という呪縛があった
- 孫と一緒に暮らしたいと言われた
などなど、数えればいくつか心当たりは出てきます。
この中でも決定打となったのが、「孫と一緒に暮らしたい」と言われたことです。
当時は別居しており、私と妻と子供の3人で生活していました。
共働きだったため、私の両親が息子(孫)の面倒を見てくれていたのです。
それに甘えてしまっていた自分も愚かではありますが、なにぶん知識もなく、提案されるがままに受け入れてしまっていたという現実があります。
その流れから「孫と一緒に暮らしたい」という言葉が出てきてしまい、ある意味これが決定打になりました。
加えて、私は長男で、
いずれは家を継がなければいけない。
親の面倒を見なければいけない。
という、長男の呪縛があったのも確かです。
この時点では老害という言葉も一般的ではなく、自分の両親はまともだと思っていましたし、介護というのは遠い世界の出来事でした。

りんのすけ
薄皮一枚でつながっていただけでした。
待ち受けていたのは「権利の主張」と「支配」
根本的にウチの両親は妻のことを受け入れてはいません。
さすがに最初から受け入れていなかったとは考えにくいですが、生活が長くなれば長くなるほど「あら探し」をはじめ、気に入らないと遠慮なく暴言を吐くようになりました。
最初こそ必死になって間に入り、なんとかその場を収めようとしましたが、それも無駄に終わります。
「あんなの別れて別なの連れてこい」
と言われたこともありました。
父はいわゆる団塊の世代で、仕事にもお金にも困らなかった人種。
職場ではそこそこ出世したようですが、仕事というものは他人にやらせて自分は命令するだけ。
これは家庭内でも同じです。
多くの家庭にも似たような問題があるかと思いますが、父は家庭のことを一切やりませんし、できません。
父にとって母は家政婦であり、お手伝いさんなのです。
それは私の妻に対しても同様です。
自分を持ち上げ、ご機嫌をとり、全てが自分の思いのままにならないとダメ。
私の妻は、息子の妻ではなく、「息子の嫁=家政婦」なのです。
対等に扱うことなどあり得ませんし、完全に見下した目で相手を見ています。
そして出てきた言葉が、
「お前は結納金を払ってウチで買ったんだ!」
当の本人は都合よく忘れているでしょう。
ですが、吐き出した言葉が政治家のように都合よく撤回されることはありませんし、受けた人間から消えることはありません。
はじめて憎しみと後悔を感じた瞬間だったかもしれません。

りんのすけ
…..。
「老害」と化していく親の姿
いつの頃からか「老害」という言葉が一般的になり、高齢者の迷惑行為がネットのニュースで取り上げられたり、介護問題が新聞やテレビで取り上げられたりと、遠い世界の出来事が一気に身近になってしまいました。
特に際立ったのが、病院に対する対応です。
以前の記事で少し書きましたが、父は玄関先で転倒し救急車で総合病院に搬送されました。
頚椎を損傷し緊急手術が必要と判断された際、
「お前の病院は金取りだ!」
と、大騒ぎを起こし段取りが決まっていた手術は中止。
わたしが火消しに追われたのは言うまでもありません。
そして、私が火消しをしていることなど全く気にも止めないどころか、認識すらしていません。
そういう時の父のセリフは決まってこうです。
「あんな若造がわかったふりしやがって!」
少し話はそれますが、父も以前から近隣の内科や眼科等にお世話になります。
しかし、行く先々のクリニックでケンカ三昧。
クリニックから出禁を告げられたところもあります。
母から聞いた話では、警察まで来た騒ぎになったものもあるようです。
ベッドで身動きできない状態で医師に喧嘩を売り手術は中止。
それが全てとは言いませんが、残ったのは要介護3という数字….。

りんのすけ
病院で出禁って…..。
最大の痛恨|大切な家族(妻や子供)を傷つけてしまったこと
何かトラブルがあると、父は自分の考えを押し付け、相手を屈服させ、謝罪させ、そうしてやっと問題がおさまりかけるのです。
おさまるのではありません、おさまりかけるのです。
それは妻に限らず、わたし自身、そして成長した息子(孫)にも及びます。
詳細ははぶきますが、家庭内で騒ぎが起こり、その矛先が息子に向かった時がありました。
その際、わたしは大学生の息子に頭を下げてこう頼みました。
「なんで自分が、というのは痛いほどにわかる。でも、ここは飲み込んでほしい。一言でいいから謝ってほしい」
息子は渋々ながらも受け入れて、父(祖父)に謝罪してくれました。
その後、父はニコニコしながら、こう言ったのです。
「晶(仮名)が謝ってきた。これでいい」
わたしはそれを聞いて、この父が自分の父であることが恥ずかしいと思いました。
家族を守りきれない自分の不甲斐なさと罪悪感。
同居は自分だけの問題ではなく、「大切な家族の平穏を差し出す行為」だったという気づき。
その後、しばらく時間が経ったある日、息子は私にこう言いました。
「あの人が死んでも葬式には行かない」

りんのすけ
返す言葉がなかった…..。
同居を迷っているあなたへ
以前に見たノンフィクションのテレビ番組でこんなシーンがありました。
それは、高齢で寝たきりの母親を介護するために仕事を辞めて、付きっきりになっている息子さん(55歳)の話。
その母親は、「世話してもらってありがたい限りだ」
と語り、
息子さんは、「自分が消耗しているのが分かる」
と語っていました。
私はこれを見て愕然とします。
親の無意識のエゴが、我が子の人生を静かに侵食していく恐怖を覚えた瞬間でした。
死というものは確かに怖いでしょう。
わたし自身も含めて誰だって死は怖いはずです。
しかし、ベッドから動くことも出来ず、食べて寝るだけの存在。
自分で食事はおろか、トイレに行くことさえできない。
果たしてこれは、「生きている」と言えるのでしょうか?
介護に疲れて同居の親や親族を殺した。
というニュースが時々流れます。
これ、あなたも他人事ではないですよ。
「介護疲れの果ての事件」は、決してニュースの中の特殊な出来事ではありません。
私自身、一歩間違えればどこで心が折れていてもおかしくなかった。
「失敗」なら、やり直すことも笑い話にすることもできます。
しかし、「大切な家族の心と平穏を犠牲にした後悔」は、一生消えることのない深い傷として残り続けます。
もし今、親孝行のため、あるいは世間体や「長男だから」という理由で親との同居を迷っている人がいるなら、どうか一度立ち止まって考えてみてください。
尊厳というものは高齢者に使われるイメージがありますが、当然ながら私たちにも存在します。
「適度な距離(別居)」を保ち、お互いの尊厳を守ること。
それこそが、結果として自分と、最愛の家族を守り、親とも破綻せずに付き合っていくための「本当の親孝行」なのではないでしょうか。
私のこの痛恨の後悔が、誰かが踏み留まるきっかけになることを切に願っています。

りんのすけ
自分の大切な家族を守れるのは、あなただけです。